ノーベル化学賞 2009 タンパク質工場リボソーム解明

スウェーデン王立科学アカデミーは、7日、今年の
ノーベル化学賞を、英MRC分子生物学研究所の
ベンカトラマン・ラマクリシュナン博士(57)、米エール大
のトーマス・スタイツ博士(69)、イスラエルのワイツマン
科学研究所のアダ・ヨナット博士(70)の3氏に贈ると
発表した。

授賞理由は「リボソームの構造と機能に関する研究」。
生物の体は約1万種に及ぶ様々な種類のたんぱく質
が集まってできている。これらのたんぱく質はDNAに
刻まれた遺伝情報をもとに合成されておりメッセンジャー
RNAが運ぶ情報を、リボソームは細胞内でアミノ酸を
ならべ、たんぱく質を組み立てる工場として働く小器官だ。
この過程を原子レベルで解明した。

リボソームは大小二つの部品でできており、巨大で
複雑な分子のため、結晶化するのは不可能と考えられ
ていた。ヨナット博士は80年にその結晶化に成功、
スタイツ博士とラマ博士がそれぞれ、結晶にX線を当て
結晶内部の原子配列を決める手法を駆使して、
リボソームの各部品の構造を突き止めた。

細菌などのリボソームの構造や機能が分るようになった
ことで、その働きを妨げる新たな抗生物質の開発が
発展した。

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海中のホッケ柱 群れのルール

10月4日BS3で「群れ」についての放送を見る。
この放送は自分が見逃したもので、今日は再放送分だ。

北海道・奥尻島で数万匹のホッケが作るホッケ柱。幻と
言われるこの不思議な現象の撮影に成功。生き物の
群れがもつ神秘的な力を、迫力の映像で見せる。
後半の出演者 山田五郎、福岡伸一、森川幸一

ホッケは海底で暮らしているが、春先になると海上の
プランクトンを食べに上昇してくる。
ホッケは他の魚と違って浮き袋がないので、深度は
自由に調節できない。海面近くに上がるには、尾びれ
を強烈に振って上昇力を得なければならない。

ここで魚や鳥の群れの動きに関するルールを発見した
人がいる。1987年にCraig Raynoldsによって発表された
理論で、三つのルールを規定するだけで、鳥の群れを
シミュレーションできるというもの。
Boidsという名の由来は、鳥もどきという意味のbirdoidが
短くなったもの。むく鳥の群舞の壮観さを思い出せ。

Boidsの三つのルールとは、
1.引き離しSeparation
近くの鳥や物体に近づきすぎたら、ぶつからないように
離れるルール。もし、ボイド同士が近づきすぎてしまったら、
前を飛んでいるボイドはスピードを速くし、後ろを飛んでいる
ボイドはスピードを遅くするようにする。
障害物にたいしては、ぶつからないように方向転換して、
衝突を避けるようにする。

2.整列Alingment
近くの鳥たちと飛ぶスピードや方向を合わせようとるルール。
同じ方向にあまり距離を空けないように飛ぶようにする。

3.結合Cohesion
鳥たちが多くいる方へ向かって飛ぶルール。鳥が多くいる
方向とは群れの中心(重心)方向ということになる。

ホッケはこのルールに従い、中心に向かい回転方向を同じ
にして上昇して行くので、水の下降流によって渦を生ずる。
この渦が海面に達すると、周りの海水を渦に取り込む、即ち
多くのプランクトンを取り込むので、ホッケは場所を移動
せず餌を取り込むことが出来、またこの就餌は海面下で
あるので、かもめなどの鳥に襲撃されないメリットがある。
老練な漁師はこの渦を発見することができる。今回の
ホッケ柱の撮影もこの渦発見の賜物である。

このホッケ柱をコンピュータ上で作成できないか、ゲーム・
ソフト作成者が3ルールを使ってソフトを作成した。群泳は
成功したが、柱はできなかった。そこでルールをもう一つ、
「餌をたっぷり食べたホッケは下方に下がる」というルール
を加えると、見事ホッケ柱ができた。

このBoidsのルールは人間にも適用できるという。


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「がんの仕組みを読み解く」 多田光宏著

「がんにも個性があった」サイエンスアイ新書、ソフトバンク・クリエイテイブ
㈱、07、4月24日発行。

たんたんとした書き方、図表等をいれて判りやすくしようとの努力がある。
いくぶん学問的。2004年ー2007年にわかってきた、最先端の「がんの
理解」が多数含まれている。
この本の内容をある程度でも理解できたら、皆さんは現代の医学の
最先端である「がんの最先端医学」と、これからの未来の医療が目指す
方向を知ることになるでしょうと著者は言っている。

2001年2月に米セレラ社と国際公的機関のコンソーシアムから、
ヒトゲノムの30億塩基対の配列の90%に当る「概要(ドラフト)」が、米国
「サイエンス」誌および英の「ネーチャー」誌に相次いで報告され、「生命
科学の世紀」と呼ばれる21世紀の幕開けにふさわしい出来事だった。

がんには特有の性質ががあり、その一つに癌細胞が正常な周りの臓器
や組織に食い込んでいく「浸潤」。またほかの場所に飛び火していく
「転移」という性質もある。その場所の腫瘍を取り除いても、同じ場所
もしくはほかの場所で、がん細胞がまた増える「再発」がおこる。
がんで人が死ぬのはこの「転移・再発」のせいである。

がん細胞は、最初に発生した場所の正常な細胞が変化して生じる。
重要な基本的事実が三つ明らかになっている。
1.遺伝子変異のないがんは存在しない。
2.がんを起こすには一つの遺伝子変異だけでなく、複数の遺伝子変異
が必要。
3.複数の遺伝子変異はなんでもよいわけでなく、がん抑制遺伝子、
がん遺伝子、DNA修復遺伝子の変異の組み合わせである。

がんの原因
現代的理解では、
1.自然に生じるDNA複製エラー
2.発がん物質(細胞障害性・炎症性)
3.発ガン物質(DNA直接傷害性)
4.放射線(紫外線を含む)
5.ウイルス起源がん遺伝子の導入

癌になると、人は何か原因となる物質や放射線にさらされたのではないか
と考えたくなる。つまり何かの被害に遭ったのではないかと・・・
ところが実際は、自分の細胞がもともと持っていた「ポリメナーゼ」と
呼ばれるDNAの複製酵素がミスをおかしただけなのだ知ったら、がっかり
するかも。しかし、がんの大部分はこうした「遺伝子の複製ミス」によって
起こる。 酵素(Enzyme)はたんぱく質でできている。

ヒトのDNAポリメナーゼは、10億回に一回ミスをおかす。1個の細胞がもつ
ヒトの設計図(DNA)の全体は3.1x10square9=31億塩基対ある。一回
細胞が分裂するためにDNAを複製すると、設計図に3ヶ所のミスが発生
する計算になる。遺伝子(Gen,gene)

人類のゲノムを構成するDNAの塩基配列を解読しようとした「ヒトゲノム」
計画が2006年5月18日に終わり、これと前後して個人のゲノムの違いを
研究する「国際ハップマップ(hapmap)・プロジェクト」が始まった。
以前はタンパクをコードする遺伝子にこそ「遺伝形質」の情報が載っている
との考えから、それ以外の部分は「ジャンク・ゴミ配列」と呼ばれて、あまり
重視されなかった。現在ではその考えは改められ、その領域にはタンパク
をコードしない「ノンコード遺伝子」が多数あって、その違いが個人差と
なっている。そうしたゲノムの個人差が、病気の治療において、薬剤が
効いたり、効かなかったりする原因と考えられている。

がんは多彩な原因による個性があり、しかも日々刻々とその個性を変容
させるゲノムの不安定性という性質を持っている。
がんの個性は千差万別であり、こうしたひとつひとつ異なるがんに、一律な
治療を行うのはおかしい。

末尾にQ&Aがある。
○がんにならないためには、どうしたらよいのでしょうか。
残念ながら、完全にがんを予防する方法はありません。遺伝子複製酵素の
DNAポリメラーゼが、自然にエラーを起こすからです。(一回の細胞分裂で
ゲノムあたり3個の確率)。しかし、DNAを傷つけるような外的因子を避ける
ことで、がん発生の可能性を低くすることはできます。
タバコを吸わないこと、焦げた肉ばかり食べないこと、塩分や香辛料は
ほどほどにすること、緑黄色野菜を適度にとること、日光にあたり過ぎない
こと、などは大切です。

○異常遺伝子をもとの正常なものに戻したら治るのでしょうか。
もとの正常なものに戻す治療は「遺伝子治療」と呼ばれます。通常一回の
治療で一つの遺伝子しか治療できません。がんは多数の遺伝子が壊れた
遺伝子病、一つの遺伝子を直しただけでは、普通は治らないと考えられて
います。
しかし、多数の遺伝子の中でも、特に重要で「悪性」を維持しているものが
あり、そうした「核心的遺伝子」を治療することによって、がんが治るという
動物実験がいくつか報告されています。

○肥満とやせとがんには関係ありますか。
関係があります。 愛知県がんセンターの研究によれば、閉経後の女性に
ついて肥満と乳がん、子宮ガンとの関係を調べた結果、BMI(肥満指数)
25以上の人は、やせた人(指数22以下)にくらべ、1.9倍乳がんの危険
があり、2.5倍子宮体がんの危険があるとのことです。
閉経後の女性では、副腎から分泌されるアンドロゲンが、脂肪細胞にある
アロマターゼによりエストロゲンに変換されるが、それががんの発生を
高めるのではないかと考えられています。

○進行がんが自然に治ったという話があるが、そのようなことは起こるのか。
起こります。がんが自然に小さくなる現象を「自然退縮」とよぶ。あらゆる
種類のがんに起こることが知られています。ただし非常にまれな現象です。
その原因は判っていませんが、免疫細胞によって、がん細胞が異物として
認識され、「免疫学的拒絶」が生じたか、あるいはテロメニアのすり切れに
よる「老化」ががん細胞に起こり、細胞がアポートシス(死)に陥るという
ことが有力視されています。

○こんな症状があったら、がんの可能性があるという危険信号を教えて。
急に体重が以前より減ってきたら要注意です。がんの患者さんががんと
診断されたときの約半数が、体重減少を症状の一つにあげています。
がんで亡くなる患者さんでは、三分の二で診察時に体重減少があると
いわれます。
原因不明で、長く続く発熱も要注意です。痛みを伴わない消化管出血や
血尿も注意信号です。

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人の皮膚から万能細胞

人の皮膚細胞に複数の遺伝子を組み込み、各種の組織のもとになる万能
細胞(人工多能性幹細胞=iPS細胞)をつくることに、京都大・再生医科学
研究所の山中伸弥教授らが成功した。11月21日米科学誌セルに発表
する。
米ウイスコンシン大も同日米科学誌サイエンスに同様の成果を発表する。

代表的な万能細胞の胚性幹細胞(ES)は、生命の萌芽である受精卵を
壊してつくるので、批判が根強い。山中教授と高橋和利助教らは、昨年
8月、マウスの皮膚の細胞に四つの遺伝子を組み込み、世界で初めて
iPS細胞を作成。受精卵を壊す必要が無く、倫理問題が少ないとして注目
された。
山中教授らは今回、成人の顔の皮膚の細胞や関節にある滑膜の細胞に
マウスの場合と同じ四つの遺伝子を導入、培養用の増殖因子を使ったり
マウスより長く培養したりして、人間のiPS細胞をつくるのに成功した。
この細胞が、神経細胞ゃ心筋細胞、軟骨などへ分化できることも確認した
という。

人間の体細胞から万能細胞ができたことで、臓器や組織を補う再生医療
が現実味を帯びてきた。

一方ウイスコンシン大のチームは、山中教授らの4遺伝子のうち、二つを
別の遺伝子にして、新生児の皮膚細胞からiPS細胞をつくったという。

山中教授は「再生医療の実現には未だ少し時間がかかるが、ねらった
細胞に効率よく分化させたり、安全性を高めたりして臨床応用につなげ
たい」と話している。

体細胞からつくるiPS細胞(induced Pluripotent Stem Cell 誘導性多能
幹細胞)は、作成の際に受精卵を壊さなくてもすむため、倫理問題がつき
まとう胚性幹細胞ES(Embryonic Stem Cell) に取って代わるものと
して、世界的に注目されている。患者自身の体細胞を使えば、移植での
拒絶反応も回避できる。

現時点では山中教授らも米チームも、導入した遺伝子が「がん」を引き
起こしたり、遺伝子の運び屋に使うウイルスが遺伝情報を書き換えたりと
いった不安が残る。再生医療につなげるには、遺伝子治療の分野も
含めた学際的な研究が必要になると言われる。

米政府はブッシュ大統領は倫理に副った研究の前進に喜んでいるとの
声明を発表した。大統領はES細胞を使った研究に反対しており、研究を
連邦予算で補助する法案に拒否権を二度も発動し、廃案に追い込んで
いる。

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紅葉の秘密 アインシュタインの眼

長野乗鞍高原の毎年色鮮やかに紅葉する1本の大カエデに、3週間、
スーパーカメラが密着。気象条件、地形、葉のメカニズム等が複雑に絡み
合う、大自然のドラマを見つめ直す。
カエデの左右に観察用のタワーを設置して撮影し、気温や温度、葉の色相
などの計測を行った。また細胞レベルまで徹底して記録した。

徐々に進行していた紅葉の動きは、温度が急に5度以下に下がると、
紅葉のスイッチが入り、後戻りしない。
黄葉の場合も紅葉の場合も、葉中の緑色のクロロフイルが幹のほうへ
移動する。もともとあった黄色の色素カロテノイド目立つようになり、黄葉と
なる。紅葉の場合カロテノイドは残っているのだが、糖分が紫外線にあたり
赤の色素アントシアニンがたまっていく。
糖分は紅葉と黄葉とではその組成が違うようだ。

高原なので紫外線は強い。普通葉の表面が赤くなり、裏は透明になるの
だが、ここでは葉裏も紅葉する。これは乗鞍から吹きおろす風で葉が
裏返しになり、紫外線が裏にも当るというわけだ。裏表ですばらしい紅葉
になる。
また、ここは盆地になっているので、夜間霧が発生し、この水分で紅葉が
長持ちする。
葉の付け根に離層ができて紅葉が始まると従来言われてきたが、これは
紅葉がはじまってから離層ができるようだ。

解説は東北大学植物学教授、鈴木 三男

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17年ゼミ

NHK TV 11月6日、爆笑問題が静岡大学・数理生態学者の吉村仁を
訪ねる。17年おきに大発生する、今年はその年にあたる「素数ゼミ」の
秘密に迫る。
永遠の昆虫少年のような数理形態学者、吉村仁は「素数ゼミ」の研究で
世界に知られる。
この蝉は土の中で17年過ごしたあと、成虫となって(2週間くらい)、
数億匹ののぼる大発生を繰り返す。なぜ17年もの長い間を土のなかで
過ごすのか。動物たちの生き残り戦略とは、地球生物の共存の鍵は
何か、吉村に迫る。

一方、吉村教授とイリノイ州シカゴ郊外に、6月、セミ捕りにでかけた人が
いる。全長4センチほど。日本のニイニイぜみ並みだが、細身なのでより
小さく見える。無防備なので簡単に捕れる。
17年ぜみは長い距離を飛べない。大発生するので、遠くまで結婚相手を
探しに行く必要が無かったと思われる。
よく見ると、ひとまわり小さい蝉が混じっている。大きい方は腹がオレンジ
色だが、小さいほうは黒い。大きいほうが「セプテンデシム」、小さい
ほうが「カッシーニ」で種が違うという。ほかにもう1種、小型の17年ゼミが
いるそうだ。素数ぜみは北米だけに発生する。
17年蝉の羽化第一報は5月19日。前回の60億匹を超え、70億発生と
みられている。大発生は1ヶ月ほど続く。

17年ゼミは、南部で13年ごとに大発生する「13年ゼミ」と遺伝的に近い。
両者は発生地域と発生年が異なる計15の「族」に分かれている。
なぜ大発生の周期は17年と13年なのか。謎をとく鍵は17と13が素数
(prime number)「1とその数自身でしか割り切れない整数(integer)」という
ことにある。
例えば16年、17年、18年ぜみがいた場合、周期が素数の17年ぜみは
他のせみと最も出会いにくい。16年ゼミは18年ゼミと144年ごとに出会う
が、17年ゼミとの出会いは272年に一回だ。
17年ぜみだけが、他の蝉との競合が少ないぶん、数が増える。たまに
他の蝉にと出会っても数が多いので、交雑を免れ、正確な体内時計を維持
出来る。
素数でも11年では成長に時間が足りず、19年では長すぎて死亡率が
高まり、生き延びられなかったと教授は推測する。

地球は温暖化が進んでいる。体内時計が狂うことはないのか。シカゴ・
フイールド博物館では、大発生の周期がずれることはありうるという。
根拠は69年の異変だ。この年、今年と同じ族のセミの1部が4年も早く
羽化した。

1.大昔、気候は温暖だった。 おとなになるまで6-9年かかっていた。
2.その後地球は氷河期になった。 生物の生長の速度は有効積算温度に
比例するので、成長の速度が遅くなる。
3.それぞれ12-18年周期の蝉は各地にいただろう。北では寒いので
周期の長い蝉が多く、南では幾分温かったので周期の短い蝉が多かった。
4.これらの蝉が同時に地上にでるとどうなるか。交雑が起こり、その子孫は
滅ぶことになる。
5.このようなことを何千年、何万年と続けていくうちに、17年周期のような
同時に地上に出にくい(最小公倍数の大きな)蝉が残ったと考えられる。

生物の生き残りは強いものが残るのではなく、環境に適合するものが残る。
さらに共存できる生物が生き残れるようだ。

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ノックアウトマウス

スウエーデンのカロリンスカ医科大学は10月8日、今年のノーベル医学
生理学賞を、
マリオ・カペッキ米ユタ大教授(70)
マーチン・エバンス英カーデイフ大教授(66)
オリバー・スミシーズ米ノースカロライナ大学教授(82)
に贈ると発表した。
あらゆる細胞や組織になることができるマウスの胚性幹(ES)細胞を
使って特定の遺伝子を操作した病気のモデル動物を作り出し、さまざまな
病気の原因解明などに貢献した業績が評価された。

エバンス教授は、分裂が進んだ受精卵から取り出した細胞を特殊な方法
で培養し、ES細胞を作り出す方法を見つけた。

カペッキ教授とスミシーズ教授は、標的とする遺伝子を操作できる手法を
確立。

89年に、これ等の技術を組み合わせ、特定の遺伝子の働きを失わせた
ノックアウト・マウスができた。この手法でがんや高血圧など500種以上
のモデルマウスが作られ、病気と遺伝子との関連を調べる研究が飛躍的
に進んだ。
たとえば、癌抑制遺伝子P53のノックアウト・マウスでは、がん発病の
仕組みが研究された。
山村研一、熊本大教授は「ノックアウト・マウスの開発は、ヒトゲノム解読
と同じくらいのインパクトがあった。」という。

ES細胞は98年に人間でも作りだされており、将来、再生医療、移植医療
を大きく発展させると期待されている。

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生物と無生物のあいだ(4)

ウイルスは生物と無生物のあいだをたゆたう何者かである。もし生命を
「自己複製するもの」と定義するなら、ウイルスはまぎれもなく生命体で
ある。しかしウイルス粒子単体を眺めれば、それは無機的で、硬質の
機械的オブジェにすぎず、そこには生命の律動はない。

生命とは自己複製するシステムである、との定義は不十分である。
生命の特徴を捉えるにはいかなる条件設定がありうるのか。それは
「生命の律動」である。

生命とは動的平衡にある流れである。生命を構成するたんぱく質は
作られる際(きわ)から壊される。それは生命がその秩序を維持する
ための唯一の方法であった。しかし、なぜ生命は絶え間なく、壊され続け
ながらも、もとの平衡を維持することができるのだろうか。
その答えはたんぱく質のかたちが体現している相補性にある。生命は、
その内部に張り巡らされた、かたちの相補性によって支えられており、
その相補性によって、絶え間の無い流れの中で、動的な平衡状態を
保ちえているのである。

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生物と無生物のあいだ(3)

ある発見が大発見なのか中発見なのか、はたまた無意味なものなのかは
一体どうして決まるのだろうか。
無名の新人研究者が提出して来た難解な数式がならんだ論文の価値を
即座に判定して、次号の「ネイチャー」に掲載するか否か決めなければ
ならぬとしたら。掲載不可として返却すれば、新人は同じ論文をライバル
の「サイエンス」誌に持ち込むかもしれない。そして同誌がこれを掲載し、
後にほんとうに大発見であることが、明らかになれば「サイエンス」誌は
先見の明があったと、誌価を全世界に高めるこになるだろう。

このような事態は今や細分化されたすべての専門領域で起こりえる。
ある研究成果の価値を判定できるのは、プライド高き本人を除くと、ごく
少数の同業者でしかないということである。
そこで「ネイチャー」や「サイエンス」など著名な科学誌のみならず、論文
発表の場となっているほとんどすべての専門誌では、ピア・レビュー
(peer review)という方式で、掲載論文採択の決定を行っている。ピアとは
同業者ということ。

専門誌の編集委員会はピアに審査を依頼する。ピアは論文の価値を、
その新規性、実験方法、推論の妥当性などについて判定し、採点結果を
かえす。委員会はこの判定に基づいて、掲載の可否を決定する。
根回しや情実が働かないよう、誰がピアとなるかは委員会の秘密事項で
論文の著者には知らされない。
発明・発見の権利に関して、いくら、自分も同じことを考えていた、それは
もともと私のアイデアだ、と主張してもダメなのだ。研究業績の先取権
(クレジット)は、一番先に論文発表した者のみに与えられる。時にそれは
ほんの数週間、あるいは数日違うだけのことさえある。

このピアの仕組みには大きな問題を含んでいる。ピアは結局は競争者
または競争者に対して情報の漏洩者にもなるからだ。

DNAのくさりには化学的に方向性があり、2重ラセンを構成する二つの鎖は
同じ方向をむいているのではない。互いに逆方向を向いて絡まっている
のである。では何がワトソンとクリックをしてDNAの逆並行構造に目を開か
せたのだろうか。かれらはある重要な手がかりをひそかに「透かし見」
していたのだ。

ロザリンド・フランクリンのX線解析
ロザリンドは1920年、英国の裕福なユダヤ人家系に生をうけた。聡明な
彼女は早くから理数系の学科に興味を持ち、大学はケンブリッジに難なく
進学した。彼女の専門分野はX線結晶学だった。
未知物質の結晶にX線を照射する。すると波長の短いX線は、物質の分子
構造に応じて散乱する。その散乱パターンを感光紙に記録する。これを
特別な数学で解析すると分子構造についての、手がかりを得ることが
可能になる。

ロンドンのキングスカレッジにあって、彼女にまかされた研究テーマは
X線によるDNA結晶の解析だった。
時はあたかもエイブリーによる発見、つまりDNAこそが遺伝物質であると
いうことがようやく広く認められるようになっていた。そうなれば次の
ターゲットはおのずと、DNA自体の構造を解くということになる。
当時まだ20代前半だったアメリカ人、ジェームス・ワトソンは一攫千金を
夢見て、ロザリンドの出身校であるケンブリッジ大学に到着していた。  

ロザリンドは着実に仕事を進めていった。DNAには水分含量によって、
A型とB型が存在することを明らかにし、それを区別して結晶化する技法
を編み出していた。さらにそれぞれの微小なDNA結晶に正確にX線を
照射し、美しい散乱パターンの写真撮影にも成功していた。
彼女は未発表データとして誰にもみせず、数学的解析をひとり進めて
いた。

一方ワトソンとクリックは演繹的アプローチでDNA構造に迫ろうとしていた。
ワトソンとクリックは自分たちで実験を行い、自らデータを収集しようとは
しなかった。しかしいくら演繹的といっても、思考のジャンプ台となるべき
データや観測事実が必要だった。
それは意外なところからもたらされた。

ロザリンドは自分が独立した研究者であり、DNAのX線結晶学が自分の
プロジェクトだと考えていた。彼女が所属するロンドン大学
キングスカレッジでDNA研究をしていたモーリス・ウイルキンズは彼女を
自分の部下とみなしていた。この齟齬が不幸の始まりだった。
曖昧さや妥協を一切許さない」ロザリンドは研究所内でことあるごとに
ウイルキンズに衝突した。或る時などウイルキンズにたいし、DNAから手を
引くよう言い渡したこともあった。

ウイルキンズとロザリンドが所属していたロンドン大学キングスカレッジと
ワトソンとクリックが所属していたケンブリッジ大学キャベンデイッシュ
研究所はDNA構造解明を巡ってライバル関係にあった。しかし両者は私的
なレベルでは友好関係にあった。特にウイルキンズとクリックハ年も近く
親交があった。
ワトソンがある時ロンドン大学を訪問し、ロザリンドと論争してきわめて
険悪なムードになったことがあり、それがきっかけでウイルキンズと被害者
同盟を結んでく急に打ち解ける場面がある。そこでウイルキンズは秘密を
語る。彼はひそかにロザリンドの撮影したDNAの3次元形態をしめす、X線
写真を複写しているという。
彼は彼らがB型構造と呼んでいる写真のプリントをもってきた。
ワトソンはその写真を見た途端、そのなかの一番印象的な黒い十字の
反射は、らせん構造からしか生じえないものだった。
このことは語るに落ちるというべきか、ワトソンの1968出版「2重らせん」
の暴露本に描かれている。

しかしそれを意味づけるためには手間隙のかかる数学的変換と解析が
必要だ。垣間見ただけで、それがワトソンにできたとは信じがたい。また
ウイルキングの側にもその意味するところを十分把握していなかった。
むしろこのドラマの登場人物の中で、X線結晶構造解析について最も
「準備された心」をもっていたと思われるのは、物理学出身で、すでに
たんぱく質X線データ解析の経験もあったクリックであった。

ロザリンドは1952年、レポートを年次報告書として英国医学研究機構に
提出した。同機構は彼女に研究資金を提供している公的機関である。
このリポートは学術論文ではない。したがって厳密なピア・レビュー、
即ち専門科学者による価値審査をうけることなく、公表されることもない。
とはいえ、予算権限を持つメンバー達が目を通すことになる。その意味で
研究論文と同様、ピア・レビューに晒されることになる。
そのレビューアーのなかにマックス・ペルーツがいた。キャベンデイシュ
研究所では、クリックの指導教官にあたる立場にいた。
リポートの写しはペルーツに行き、そこからクリックの手に渡った。
クリックは、じっくりと、だれにも邪魔されることなく、データを見ることが
できたのである。 
このリポートはロザリンド自身による測定数値や解釈も書き込まれていた。
つまり彼らは交戦国の暗号解読表を入手したのも同然だった。

そこにはDNA結晶の単位格子についての解析データが明記されていた。
これをみればDNAらせんの直径や1巻きの大きさ、そしてその間に
いくつのの塩基が階段状に配置されているかが、解読できた筈である。
その上で、さりげない、しかし最も重い意味をもつ記述があった。
「DNAの結晶構造はC2空間群である」 C2空間群とは二つの構成単位
が互いに逆方向をとって、点対称的に配置されたときに成立する。
クリックの心には、たんぱく質ヘモグロビンの結晶構造がC2空間群を
とっていることをしっかり留めていたのだ。

2本のDNA鎖は、反対方向を向きながら互いに絡まりあっている。
クリックによってデータはたちどころにそう解釈された。
このとき、AとT,GとCの塩基対は、鎖の走行と90度の平面をとって、
ぴったりとDNAらせんの内部に納まることになる。反対方向に対合する
DNAの複製も互いに逆方向に起こる。
すぐに、ワトソンとクリックは論文を「ネイチャー」に送った。

DNAらせん構造が明らかにされてから、およそ10年、1962年の暮れ、
ストックホルムでのノーベル賞受賞式に、3人の晴れ姿があった。
ワトソン、クリック、そしてモーリス・ウイルキンズである。彼らには医学
生理学賞が授与された。しかも同じ壇上には、たんぱく質の構造解析の
貢献者として、マックス・ペルーツがいて、化学賞を与えられた。
共犯者たちがその場所にそろったのである。

最も重要な寄与をしたはずのロザリンドは、彼らがそろってノーベル賞を
受賞したことも知らず、自身のデータが彼らの発見に決定的な役割を
はたしたことさえも、生涯気づかないまま、この年の4年前の1958年
4月、37才でガンにおかされてこの世を去っていた。

彼女は研究テーマをDNAからタバコモザイルウイルスに変えて、その
立体構造をほぼ解き終わっていた。ウイルスはらせん状のRNAを中心
にもち、それを取り巻くようにたんぱく質のサブユニットが、回転弧を描き
ながらつみあがった円柱構造をとっていた。
X線を無防備に浴びすぎたことが、死につながったのではないかと、
言われている。

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生物と無生物のあいだ(2)

DNAの二重ラセン構造の発見は二人のノーベル賞受賞者、ジェイムス・
ワトソンとフランシス・クリックが発見したことになっているが、事実はそう
軽々に判断さるべきものではない。

1953年、科学専門誌「ネイチャー」にわずか千語の論文が掲載された。
そこには,DNAが互いに逆方向に結びついた2本のリボンからなっている
とのモデルが提出された。構造のゆるぎない美しさと構造がその機能をも
示していた。論文の若き執筆者、ワトソンとクリックは最後にさりげなく
述べていた。この対構造が直ちに自己複製機構を示唆することに、私達
は気がついていないわけではない、と。

○オズワルド・エイブリー
若きワトソンとクリックが、DNAの構造を解きさえすれば、一躍有名に
なれると思ったのは、DNAこそが遺伝情報を運ぶ最重要情報分子だと、
あらかじめ知っていたからである。では、誰が、DNAイコール遺伝子だと
世界で最初に気づいたのか。それはエイブリーという人物である。

エイブリーは1877年カナダで牧師の息子として生まれた。コロンビア大学
では医学の道に進んだ。科学研究を始めたのは、1913年、ロックフェラー
医学研究所に勤務してからだった。当時36才。彼のロックフェラー時代
は野口英世がここにいた次期と完全に重なる。エイブリーの研究が
佳境に入ったのは、野口がこの世を去ってからの1930年代のことだった。

肺炎双球菌は肺炎の病原体である。この菌にはいくつかのタイプがあった。
強い病原性をもつS型と、もたないR型である。エイブリーの先達にイギリス
のグリフイスがいた。かれは奇妙なことに気づいていた。
S型の菌を加熱によって殺す。これを実験動物に注射しても肺炎は起こ
らない。当然だ。R型の菌を注射しても肺炎はおこらない。当然だ。
死んでいるS型菌と生きているR菌を混ぜて注射すると、なんと肺炎が起り
動物の体内からは、生きているS型菌が発見されたのだ。これは一体
どういうことだ。S型菌はたとえ死んでいても、なんらかの作用で、R型菌を
S型菌に変える能力をもつということである。
グリフイスはこの作用を解明できなかった。

エイブリーはS型菌をすりつぶして殺し、菌体内の化学物質をとりだす。
それをR型菌に混ぜると、R型菌はS型菌に変化する。
菌の性質を変える物質、それはとりもなおさず「遺伝子」のことである。
かれは遺伝子の化学的本体を見極めるという生物学史上最も重要な
課題にチャレンジを開始したのだ。しかし慎重なエイブリーはこの物質を
遺伝子ジーンgeneとは呼ばず、形質転換物質と呼んでいた。

当時すでに遺伝子の存在とその化学的実体について多くの予測が
なされていた。遺伝子は形質に関する大量の情報を担っている。従って
きわめて複雑な高分子構造をしているはずだ。複雑なものの第一は
たんぱく質だ。だから遺伝子は特殊なたんぱく質に違いない。これが
当時の常識だった。
エイブリーは勿論そのことを知っていた。しかし彼の実験データが示して
いる事実は違った。エイブリーはS型菌から様々な物質を取り出し、
しらみつぶしに検討していった。その結果残った候補は、S型菌体に
含まれていた酸性の物質、核酸、即ちDNAであった。

核酸は高分子ではあるけれど、たった四つの要素だけからなっている
或る意味では単純な物質だった。そこに複雑な情報がふくまれている
などとは、誰も考えていなかった。 今日の私たちは、たとえ0と1という
二つの数字だけからでも、複雑な情報が記述でき、むしろそのほうが
コンピューターを高速で動かすには好都合だということを知っている。
しかし、当時、情報のコード(暗号)についてそのように考えられる
研究者は、少なくとも生物学者にはいなかった。
エイブリーも半信半疑だった。なんども実験を繰り返し、いろんな角度
から再検討を行った。しかし結果はただ一つのことを示していた。
遺伝子の本体はDNAである。

DNAにはその配列の中に、生命の形質を転換させるほどの情報が、書き
こまれている。では、たった4種の文字はどのような方法で情報を担って
いるのであろうか。
A(アデニン)T(チミン)G(グアニン)C(シトシン)で表されるアルフアベット
は化学用語でいうと、ヌクレオチドと呼ばれるDNAの構成単位である。
当初、遺伝子の本体と目されていたたんぱく質も、その構造原理はDNA
ときわめて類似している。たんぱく質はひも状の高分子であり、その紐
には数珠球が連なっている。その珠はアミノ酸と呼ばれる化学物質である。
アミノ酸は20種類もある。アルファベット26文字に匹敵する多彩さをもっ
ている。これがたんぱく質の多様性、複雑性をもたらす。たんぱく質は
生命活動そのものを作動し、制御し、反応させる実行者である。

抗生物質とは細菌の増殖を阻止する薬物である。ペニシリン、ストレプト
マイシンは非常によく効き、多くの人を感染症から救った。
ところが、やがてこれらの薬物が効かない細菌が出現しだした。抗生
物質耐性菌である。最強の抗生物質として登場した、メチシリンやバンコ
マイシンにびくともしない耐性菌MRSA,VREが出現し、これらが病院内で
重篤な感染をもたらす。
耐性菌は抗生物質を分解したり、別の無害な物質に変化させてしまう。
つまり新しい能力(=形質)を獲得している。この能力は異なる細菌の
あいだにでも急速に広がる。細菌の間でDNAのやりとりがあることが
知られている。
これはエイブリーの実験、すなわち病原型のS型細菌のDNAが非病原型
のR型に与えられると、R型はS型の形質を獲得して、病原型になるのと
同じ現象である。エイブリーが行った実験は、自然界の中でも起こって
いたのである。

DNAが運んでいるのはあくまで情報であり、実際に作用をもたらすのは
たんぱく質である。抗生物質を分解するのは酵素と呼ばれるたんぱく質で
あり、病原性をもたらす毒素や感染に必要な分子も皆、たんぱく質である。
耐性菌から非耐性菌へ手渡されているDNAの上には、そのための設計図
が書き込まれているのだ。

4種のうち二つのDNA文字が、一つのアミノ酸文字に対応するとすれば、
この順列組み合わせは、4x4で16通り。20種をカバーするにはまだ
足りない。では、三つのDNA文字で対応すれば、4x4x4で組み合わせは
64通りになる。これなら20種類のアミノ酸文字をカバーすることなどわけ
はない。実際に自然界が採用したのもこのこの方式だった。

DNAこそが遺伝子の本体であることを、明確に示したエイブリーの業績は
生命科学の世紀でもあった20世紀最大の発見であり、分子生物学の
幕開きをもたらしたことは、疑う余地がない。
DNA構造の解明、DNA暗号の解読など、DNAの研究が疾風怒涛のごとく
始まったのは、エイブリーが研究の現場から退場して、しばらくたってから
のことだった。
ロックフェラー大学の人々は、誰もがエイブリーにノーベル賞が与えられ
なかったことを、科学史上最も不当なことだと言っている。ワトソンとクリック
はエイブリーの肩に乗った不遜な子供たちに過ぎないとののしる。
しかし、公平のためにいえば、エイブリーはすべての栄誉から見放された
わけではない。今日では、将来のノーベル賞を占うものにもなっている、
ラスカー賞を退官間際の1947年(第二回)に受けている。

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生物と無生物のあいだ(1)

福岡伸一著、2007年5月20日出版、講談社現代新書「生物と無生物の
あいだ」を読み始める。
帯広告には「読み始めたら止まらない・・極上の科学ミステリー・・・・
生命とは何か?」とある。
冒頭に野口英世の話がでてくる。ついで、DNAの二重ラセン構造発見の
真実のうちまくストーリーに惹きつけられる。
著者の福岡氏は、1959生まれ、京大卒、ハーバード大学医学部
研究員、京大助教授などを経て、現在青山学院大学教授,専攻は
分子生物学。

今回は野口英世のはなし。
ニューヨークにあるロックフエラー大学を知る人は少ない。マンハッタンの
中心にある有名なロックフエラー・センターのことではない。イースト・リバー
沿いに、こじんまりとたたずんでいる。ヨークアベニュー、66丁目。
この建物の廊下を野口英世は慌しく駆けていた。著者も一時期この場所
に属していた。

2004年6月発行のロックフェラー大学定期刊行広報誌には、野口英世を
めぐる奇妙なトーンの記事が掲載されている。日本人観光客が図書館
二階にある野口のブロンズ像を見せて欲しいという。別の日には、旅行
会社が企画したツアーが大型バス3台を連ねてやってきた。ここで記事は
種明かしをする。この年の秋日本の新千年札の肖像画に国民的ヒーロー
として、野口が登場することを。日本人にとっての野口英世像がいかに
立志伝中の人物であるかを紹介した後、辛辣な一撃を加える。
ここ米国での彼の評価はまったく異なると。

今日、キャンパスではほとんどその名を記憶するものはない。彼の業績
すなわち梅毒、ポリオ、狂犬病、黄熱病の研究成果は当時こそ賞賛を
受けたが、多くの結果は矛盾と混乱に満ちたものだった。
ロックフェラー医学研究所の創設に貢献した、著名な研究者にサイモン・
フレクスナーがいた。赤痢菌の単離に成功し、米国における近代基礎
医学の父とされた人物である。
彼は1899年、日本を訪れ、燃えるような野心を抱くこの若い日本人に
会った。一種の社交辞令として、野口を大いに励まし、支援を惜しまない
旨を伝えた。帰国してしばらくして、野口が突然押しかけるようにして
やってきた。
帰る場所もあてもない野口に実験助手の仕事を与えた。

まもなく野口はフレクスナーの庇護の下、次々と輝かしい発見を立て
続けに生み出し始めることになる。梅毒、ポリオ、狂犬病、トラコーマ
そして黄熱病の病原体を発見、培養したと発表し、200編という当時と
しては驚くべき数の論文をものにした。
1928年野口が西アフリカで黄熱病で客死すると、研究所あげて喪に服し
彫刻家に依頼したかれの胸像が図書館に飾られた。

パスツールやコッホの業績は時の試練に耐えたが、野口の仕事はそう
ならなかった。数々の病原体の正体を突き止めたという野口の主張の
ほとんどは、今では間違ったものとして、まったく顧みられていない。
野口の研究は単なる錯誤だったのか、故意に研究データを捏造した
ものか、今となっては確かめようが無い。

野口の研究業績の包括的な再評価は、彼の死後50年を経て、ようやく
行われることになった。 それもアメリカ人のイザベル・R・プレセットに
よって。「Noguchi and His Patrons」1980・本書によれば、彼の業績で
今日意味のあるものはほとんどない。当時そのことが誰にも気づかれ
なかったのは、ひとえにフレクスナーという大御所の存在による。彼が
背後に存在したことが、追試や批判を封じていたのだと結論している。

野口像を破天荒な生身の姿として描きなおした評伝に、医者であり
小説家でもある渡辺淳一の「遠き落日」1979がある。或る意味で
生活破綻者としてのダイナミズムが活写されている。

もし公平のためにいうことがあるとすれば、それは当時、野口は見え
ようのないものを見ていたということがある。狂犬病や黄熱病の病原体
は、当時まだその存在が知られていなかったウイルスによるものだった
のだ。ウイルスはあまりに微小すぎて、彼の光学顕微鏡ではみることは
出来なかったのだ。見えるようになったのは電子顕微鏡が出できてから。
研究者にとってはいつも大きな陥穽が待ち受けているが、野口もこれに
はまっていたのだ。

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スズメバチの巣

8日午後崖下の家の人から、崖の女竹の林の中にスズメバチの巣らしき
ものありと、通報あり見に行くと、確かに波もようの特徴あるスズメバチの
巣で蜂も出入りしていた。

早速市の「すぐやる課」に電話すると、今は市民から直接業者に電話で
依頼することになっており、本人が費用負担することになっており、その
額は3150円と言う。(市の広報誌8月号に案内記事が出ているとのこと
ですぐ調べた。)(後に業者の話しでは市から支援金がでていると)

早速三栄消毒社に電すると明日の夕方になるという。下の家にその旨
報告したが、その後駆除車から電話があり、今日19時すぎ、蜂も帰って
きているので、夕方の方が効果的というので了承した。
崖下の金網の塀の入り口を入ってすぐ、2メートルの高さに巣があり、
防護服をつけ、殺虫剤を撒いたが、作業は簡単にすんだ。巣の直径は
20センチで小さいほうだが、一ケ月もするとすごく大きくなると。
料金を払い契約書にサインした。業者はこれを市にだすのだろう。
これからも油断できない。

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ホタル前線を行く NHK BS3

鹿児島(5月20日)から北海道(7月20日)まで、ホタルを追い続ける
写真家、小原 玲さんと共に日本列島を二ヶ月かけて北上、小川や
田んぼ、湿地など残された生息環境の中に「日本人の原風景」を
見つけていく。
小原 玲さんが狙うのは単なる生態ではなく、風景の中を飛ぶホタルの姿。
九州では川岸に残る深い森の上を空高く・・岡山ではホタルに愛情を注ぐ
女性の家を背景に・・京都川床でホタルを見る趣向・・山形では有機農法
によってさまざまな生き物がよみがえった田んぼの上に・・北海道
釧路湿原(平家ボタル)の上を、光りが飛ぶ。
源氏ボタルの北限は下北半島横浜町になる。

源氏ボタルは流れのあるところで川になをえさに生息するが、平家ボタル
は田んぼや湿地帯のたにしをえさで生きていることを知った。農薬の入った
田んぼには平家ボタルはいない。

自分のこども時代、宇和島市船大工町に住んでいたころ、須賀川の
中流にホタル(源氏ボタルと平家ボタル)を取りにいった。中流と下流の
間は流れが地下を流れ、表面は大きな石がごろごろしている特異な場所
の近くだった。
家の庭の茂みに時々、平家ボタルが光っていたが、宇和島湾の東にある
広大な田んぼや蓮池から飛んできて、家の池を湿地と間違えてやって
来たに違いない。

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虫ムシ大紀行 世界三大昆虫地帯

BS3で7月30日、巨大なカブトや世界一美しい蝶を求めて、東南アジア、
オーストラリア、中米の世界三大昆虫地帯を虫好きのリポーターが旅する。

コスタリカで背中が青色に輝くモルホ蝶の飛翔をみる。メキシコ・シテイ
近くの高度3300米地帯でオーカバマダラの冬季越冬の模様や気温が
上がってきたときの一斉飛び立ちは何時見ても壮観だ。
スマトラ島での虫の擬態の様子に感嘆する。

リポーター:やくみつる、小西美帆、山田一成

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「花咲かホルモン」正体発見

植物に花を咲かせる「開花ホルモン」を、ドイツ、日本の研究グループが、
イネとシロイヌナズナで特定することに成功した。
開花ホルモンはいわば、「花咲かじいさんの灰」にあたる物質で、70年に
わたって多くの研究者が探し求めてきた。

日照時間が短くなると花をつけるイネなどでは、「Hd3a」、日照時間が長く
なると花をつけるシロイヌナズナなどでは「FT」という、たんぱく質が見つ
かっている。しかし日光をうける葉から、花芽ができる茎の先に、実際に
どんな物質が伝わっているのか判っていなかった。

奈良先端科学技術大学院大の島本功教授らは、イネの遺伝子の一部を
変えて、Hd3aたんぱく質に目印をつけ、イネの中でどう動いているか追跡
したところ、葉で作られ、茎を通って茎の先端に運ばれている様子が
観察できた。これでこのたんぱく質が開花ホルモンと結論づけた。
また、ドイツのマックス・プランク研究所のグループも、FTたんぱく質が、
葉で生成され、茎の」先端まで移動したとの研究を発表した。
米科学誌サイエンスに発表される。
Hd3aとFTがよく似た構造であることから、多くの植物に共通の開花
ホルモンが存在する可能性も示された。

たった一つの物質が開花を左右する神秘。水に混ぜて根から吸わせ
たら面白い。樹木や作物にまけば、思いののままに、花や実をつけせる
ことができると考えられる。収穫の時期や量に制約がある現在の農業が
変わる。品種改良も短い期間でできるようになる。

島本教授は分子や遺伝子の働きをひもとく分子生物学が登場し、分析
手法が一変した時代に研究できた、巡り合わせの良さを幸運に感じると。

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浅島 誠 発生生物学

爆笑問題が東大研究室の浅島教授を訪ね、Q&Aの模様テレビで見た。
年4回産卵する蛙がおり、研究の助けになっている由。その受精卵を切り
黒い部分にたんぱく質アクチビンを加え、いろいろな臓器を作っている。
アクチビンの量の多寡により出来上がる臓器が異なること発見。心臓も
作れる。
以前胚細胞が分化して、各種体細胞をつくるには、なんらかの物質が
働いている筈と、予言した西欧の学者がいた由で、その物質がたんぱく
質アクチビンであることが、日本人の手によって、ノーベル賞ものの
大発見となった。

爆笑問題が人間にも適用されるでしょうと、かまをかけたが、浅島さんは
自分は生物や人間のNatural Historyを見ているだけですと、口を濁して
いた。 人間は脳の発達が巣晴らしいが、生命力自体は他の生物の
ほうが優れていると。たとえば、赤腹いもりは手がもげても直ぐ再生
できる。

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