ハーレクイン・ロマンス叢書

以前、変わった叢書だなと関心を持ったことがあり、2,3冊買って
読んだことがあるが、最近Harlequinとはイタリア喜劇の道化役のこと
であること判明、またオーストラリア西部の海にハーレクインという名
の極彩色の魚がいることを報道番組で知った。

ハーレークインの歴史、経緯、論評は尾崎俊介さんのサイトが詳しい。
この要約を書き出す。
ハーレクイン社はアメリカの会社ではない。
1949年、カナダ、マニトバ州ウイニペグにこの名の出版社が創立
された。1950年代半ば、ロマンスの売り上げが多かった。
伝統的にロマンスばかり出版していた、英国の出版社Mills & Boon
と1957年業務提携、M&Bロマンスをカナダでプリントし、ハーレー
クイン・ロマンスとして販売し、女性向けロマンス専門の出版社に
なった。
カナダのロマンス市場を席捲し、1963年からはアメリカでも販売し
始め、1975年には売り上げの7割はアメリカだった。

元のM&Bロマンスは、もともとカトリックの影響の強いアイルランドを
大きな市場としていたため、離婚、不倫、あからさまな性描写と
いった要素が伝統的に排除された。「上品でハッピーエンド」な
ロマンスのありかたをさらに洗練させた。、これが、アメリカの保守的
な女性読者層に受け入れられた。

この成功は実は入念なマーケッテイングの近代化を推し進め、
徹底的個別調査を行い、女性愛読者層の嗜好を割り出し、それに
よって更に洗練させて、理想的ロマンスのガイドライン(執筆要綱)
を完成させたためである。

1971年にM&B社を買収、その編集権を強化された以降は、この
ガイドラインに忠実に則って作られる1種の文学製品となった。

女性読者の恋愛願望を元に作られたロマンスとは具体的にどういう
ものか。ヒロインが素晴らしい男性と偶然に出会い、その男性と
結婚することによって、それまでの日常生活の退屈さから開放され
豪奢でエキサイテイングな暮らしを手に入れられるという筋書きの、
典型的なシンデレラ・ストーリということになる。
このように纏めてしまうとあまりにも単純すぎるようであるが、実際に
ハーレークイン・ロマンスを読むと、この展開のなかに巧みに、女性
読者の嗜好が取り入れられてあり、「ロマンス」という文学ジャンルが
伝統的に培ってきた、種々の約束事が非常にコンパクトな形で内包
されている。

ハーレークイン・ロマンスではすべての作品がヒロインの視点から
語られるのもその一つ。ヒロインがヒーローに出会うのであってその
逆ではない。これは女性読者が自己投影しやすいように、このように
作られているのである。
また、ヒロインの造型にも工夫があって、ヒロインは通常ハイテイーン
か20代前半という年齢。金髪、碧眼で背は小柄、明るく愛嬌のある
女性だが絶世の美女ではない。特に優れた能力は持ち合わせて
いないが、純粋で気立てのよい女性ということになっている。
いわば、どこにでもいる女性ということであるが、これによって、一般
女性読者はヒロインが美貌、才能のある傑出した人物である場合
よりもはるかに容易にヒロインに自己投影することが出来るのだ。

ハーレークイン・ロマンスではすべての作品がヒロインの視点から
語られるのもその一つ。ヒロインがヒーローに出会うのであってその
逆ではない。これは女性読者が自己投影しやすいように、このように
作られているのである。
また、ヒロインの造型にも工夫があって、ヒロインは通常ハイテイーン
か20代前半という年齢。金髪、碧眼で背は小柄、明るく愛嬌のある
女性だが絶世の美女ではない。特に優れた能力は持ち合わせて
いないが、純粋で気立てののよい女性ということになっている。
いわば、どこにでもいる女性ということであるが、これによって、一般
女性読者はヒロインが美貌、才能のある傑出した人物である場合
よりもはるかに容易にヒロインに自己投影することが出来るのだ。

ヒーロはヒロインの平凡さとは対照的に、容貌、身体、知性において
傑出した人物として描かれる。大抵肌の色は浅黒く、髪の毛や目の
色は漆黒であり、人種的にはラテン系であることが暗示され、それに
ふさわしく情熱的な気質なのだが、知的能力は高いが意思の力で
情熱を制御しようとする。親戚から経営を受け継いだというような形で
生まれながら資産家であることが多い。
ロマンス愛好家の世界では、この種の万能ヒーロを「アルファー・マン」
と呼ぶが、ハーレークインではヒーロは必ず「アルファー・マン」で
なければならない。

ヒロインとヒーローは様式化されているが、恋に落ちる手順さえ予め
様式化されている。その恋がヒロインにとっては初めての恋であり、
ヒーロにとっては最後のものになるという設定である。

もっともヒロインとヒーロの結びつきを妨げるのは、両者の心的要因
ばかりでなく、ヒーローの周辺には、絶世の美女が、虎視眈々と彼の
財産を狙っており、ヒロインの心を傷つけるという一幕が必ず用意
されている。恋愛小説と言いながら、ヒロインとヒーロは四六時中
誤解と喧嘩ばかり繰り返すのである。
ヒーローによる小娘であるヒロイン苛めは繰り返され、途中一時的な
和解のシーンを何度か挟みながら、結局190ページの長さに統一
されており、最後の3ページあたりまで続くことになっている。

そんな二人の恋路にも、やがて急転直下の大団円がやってくる。
美女の企みは暴かれ、どんなに苛められてもヒーローのことを思い
続けたヒロインの無欲の愛は彼の心に通ずる。これまでの行為を
恥じたヒーローはヒロインの前に膝を屈し、愛を告白し求婚する。
シンデレラ・ストーリーの基本通り最も自己主張のない娘がヒーロー
の愛を勝ち取るのである。

勿論、細かい点では、個々の作家の創意工夫が加わるとは言え、
概ねどれも皆今述べたストーリ展開をするのであり、その意味で
型にはまったロマンス(フオーミュラー・ロマンス)であるわけだが、
その型にはまった度合いが桁外れと言うべきか、ロマンスがどれを
読んでも皆同じであることは驚きを超えて感動的である。

1965には年間6百万部売り上げにすぎなかったが、1975年には
7千2百万部、1980年には1億8千8百万部売るようになった。
その業績の伸びはすさまじい。しかも、これにアメリカのペーパ・
バック出版社がハーレークイン人気に便乗してさまざまなロマンス
叢書を一斉に発売したため、1970から1980年代なかばにかけて、
アメリカには空前のロマンス・ブームが生じていたのであった。

女性の地位向上を目指すフエミニズムの批難も激しくなった。時を
同じくして進展してきたフエミニズムの動向に対して、ハーレクインは
案外敏感に反応している。読者調査を通じて時代の流れを読み、
これに歩調を合わせることを常に心がけてきた。とりわけ第1世代の
フエミニスト批評家からの厳しい批判を経験して、1980以降ロマンス
のガイドラインも改編が加えられるようになった。
例えば、マッチョで支配的であることを売り物にしてきた、ヒーロー
たちも時代とともに、そのアルファー・マン振りに抑制が加えられ、
ヒロインのヒーローへの精神的・経済的依存の度合いも次第に減って
いる。
最後に結婚して幕を閉じるという約束ごと自体には大きな変更は
加えられていない。
ロマンス作家同士の親睦と情報交換を目的として、1981年に
開かれた会合において、「ヒロインをより成熟した女性として描くこと」、
「ヒロインの処女性を重視し過ぎないこと」などが提案されている。

フエミニズムとハーレイクイン・ロマンスという、時をおなじくして生じた
この二つの対立は、30年にわたる論争の末、いつしか互いを自陣に
取り込み、ハーレークインのその時代錯誤的なシンデレラ・ストーリー
を21世紀に伝え残すことに成功したのだ。

しかし問題はこれからだ。「・・・・かくして二人は未来永劫幸せに
暮らしました」の1行で幕が閉じられた後、ハーレ-クイン・ロマンスと
フエミニズムがどうなるかは判らない。


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なんて素敵にジャパネスク 氷室冴子著

新聞で氷室冴子さんの追想録を読む。6月6日歿、51歳,肺がん。
1980年代に少女だった女性の多くが、この作家の名を胸の奥に
大切にしまっていることだろう。
平安時代を舞台に、おてんばのお姫様が恋に冒険に大活躍する
代表作「なんて素敵にジャパネスク」の発行部数は8百万部。
少女小説の「コバルト文庫」集英社の大看板は、当時まだ20代
だった。

自分はこの「ジャパネスク8 炎上編」を買っていたが、本棚に入れ
っぱなしにしていた(1991年2月20日第2刷)。今回これを読む。

氷室さんは若さを武器に書きに書いた。年に3-4作。たばこを片手
に、1日3リットルの緑茶をがぶがぶ飲みながら、毎日明け方の4時
まで書きまくった。次回作を楽しみに待つ読者との約束は破らない。
締め切りに間に合わせるため、40時間休まず書いたとの武勇伝も
残る。

小説のヒロインは行動的で堂々と自己主張する。今ほど女性が
社会で活躍できなかった時代。明るくたくましく生き抜くヒロインの
姿に少女たちはあこがれ、純情な喝采を送った。

多いときは月500通のフアンレターが届いたという人気作家だったが
90年代半ばに突然執筆活動をやめる。未完の作品もある。読者を
何よりも大切にした作家だったのに、結局フアンにその理由の説明
がなかったのは残念だった。

御茶ノ水女子大教授の菅総子さんは言う。「氷室さんは、女の子は
ただいるだけで祝福さるべき存在だと考えていた。そんな想いが
伝わったからこそ、あれだけ多くの若い読者に愛されたのでしょう」

ちょうどこの時期に、朝日新聞に中村真理子が「吉屋信子は終ら
ない」との標題で少女小説の論評を書いている。7月20日文化欄。
短編集「花物語」は1篇1篇に花の名をつけ、少女たちのはかなくも
凛とした世界を描いた、吉屋信子の20代の作品だ。
女子教育は良妻賢母の時代だったときに、信子の作品に生きる
少女たちは、自分の気持ちを大切に心だけは自由であった。
吉屋が女性と暮らし、生きるスタイルを貫いたという視点から、最近
米国で研究が盛んになっているという。

作家の嶽本野ばらさんは「文体に漂っている旋律が非常に香しい」と
評する。のばらさんの小説「ミシン」には「花物語を読み、乙女心に
目覚める少女が登場する。花物語を踏襲したようなその文体は、
現代の少女たちを強くひきつける。
青春時代から晩年まで一貫することは「周りにどう思われようが、
自分のスタイルを貫き通す者」の物語となる。

御茶ノ水女子大教授(日本近現代女性文学)の菅総子は、新刊
「少女小説 ワンダーランド」で、明治から現代まで少女小説の系譜
をつなぐ。
「花物語」から「なんて素敵にジャパネスク」、最近人気の「彩雲国
物語」、「マリア様がみてる」まで、1番根本にあるスピリットは、吉屋
信子から変わっていないという。

80年代の少女小説を支えた氷室冴子はかって「女の子が他の
なにものによっても、矯められず、抑圧されず、女の子が女の子で
あることがそのまま祝福されている吉屋信子の世界は(私)が(私)で
いていい世界であったのだ」と書いた。
ライトノベルに形は変わったが、少女小説の精神は引き継がれて
いる。「女の子が大切にしているものは変わらない。同時に日本の
社会が女の子に今でも苦悩を与えていると言えるでしょう」

主人公の内面を繊細にえがくのは、少女マンガが果たしてきた役割
でもある。女の子同士の絆を描く作品は数多い。矢沢あいの「NANA」
は二人の少女の友情が、時にそれぞれの恋愛よりも重要になり、
竹内直子の「美少女戦士セーラームーン」も少女たちが力を合わせて
戦った。
明治大学準教授の藤本由香里さんは「吉屋信子の少女小説は、
「男性の価値にあわせないで、女性のままでいられる場所であること
は少女マンガと同じだった」という。少女マンガの歴史はそのまま、
居場所を求め続ける少女の歴史である。
せめて物語を読んでいる間は、氷室のいう「私が私でいていい世界」
に安らぎたい。乙女の願いは今も変わらない」。

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