米医療保険改革法案

米上院(定数100)は23日、医療保険改革関連法案の
審議打ち切り動議を賛成60、反対39の賛成多数で可決
した。与党・民主党が野党・共和党の議事妨害を封じる
もので、これによって、同法案が24日午前7時(日本
時間24日午後9時)から採決されることが決まった。
上院での法案可決は確実な情勢になった。

下院はすでに関連法案を可決しており、上下両院は
年明けから法案のすり合せ協議に入る見通しだ。
法案の1本化が出来れば、上下両院で再可決し、
大統領の署名で成立することになる。

| | Comments (0)

ボーイング787 初飛行

米ボーイングが12月15日実施した初飛行テストに成功
した。B787はボーイングのエバレット工場に隣接する
飛行場から午前10時半離陸。午後1時半過ぎに雨が
降るシアトル市の別の飛行場に着陸した。今後は計6機
の787でテスト飛行を繰り返す。

787は従来機種に比べて燃費や静寂性で優れるのが
特徴。現時点で全日空を含む計55社から840機を受注
している。

第1号顧客である全日空への引渡しは2010年10-12
期と1年後に迫る。これまでも納期の先延ばしを繰り
返してきただけに、全日空や開発に参加した日本企業は
警戒感をぬぐい切れていない。開発に参加する三菱重工、
川崎重工、富士重工の担当者は、飛行テストの成功を
歓迎しながらも「通過点にすぎない」と口をそろえた。

787の旅客数は最大約300人で、B747のほぼ半分、
ドル箱路線にしか使えない大型機と違って、用途が広く、
空席による採算割れのリスクも押さえる利点がある。
このため受注は一時、計910機まで伸び、過去最大の
世界的なヒットになった。
だが部品の不具合など五度にわたる納入遅延で、全日空
への1号機納入は当初より約2年半遅れる。しびれを
切らした航空各社からの発注取りやめは計70機に
のぼった。

787は国内やアジア路線を中心とする中型機767の後継
だが、全日空は欧州や米西海岸便にも導入予定。
羽田、成田両空港の来年の増枠で国際線事業を強化する
際、主力機と位置づける。
経営再建中の日航にとっては、787を35機発注しているが
1機150億円程度と見られる新型機購入は負担が大きい。
機材更新と財務再建のバランスをどうとるかが、日航再生の
焦点の一つになりそうだ。

787の登場は経済効率性の高い、中・小型機が航空各社の
主力になりつつある現状を象徴する。

| | Comments (0)

日系企業のドバイ債権 6600億円が未回収

大手建設会社など日系企業がドバイの政府や政府系
企業にたいして持っている工事代金など約150億ドル
(約6600億円)が未回収となっていることが12月11日
分った。今回の集計は10月末時点で、日本の建設会社、
商社,電機メーカーなどが受注した18のプロジェクトを
集計した。企業の売掛金が対象で銀行の融資は含まぬ。

ドバイ・ワールド傘下の不動産開発会社のナキール、
リミットレスなど政府系企業のほか、ドバイ政府が発注
した地下鉄や道路など公共工事を含む。プロジェクトの
総事業費は合計で約150億ドルに上る。

当初の契約から設計変更や追加工事などで事業費が
大幅に膨らんだプロジェクトも多い。ドバイ側は工事費の
増額分を査定し、一部は当初の契約に含まれていると
主張し、差額の支払いに応じない場合があるという。

例えば地下鉄のドバイ・メトロ(大林組、鹿島、三菱商事、
三菱重工)では当初の契約が36億ドルだったが、駅舎
の設計を変更などしたことで、総事業費は100億ドルに
膨らんだ。このうち43億ドルはドバイ側は追加工事費と
して認めていないという。
こうした追加工事費のうちでドバイ側が支払いに応じない
姿勢を見せているのが計53億ドルある。
ドバイ発の信用不安が広がっており、ドバイ側に軟化の
姿勢がみられず、回収できずに日系側企業の損失となる
可能性もある。


| | Comments (0)

回想のラバウル航空隊 短期現役主計科士官の手記(5)

昭和18年6月は太平洋戦争の重大な転機にあたって
いた。米軍はこのころより本格的反攻に転じ、圧倒的な
物量をもって、2年後の終戦まで押しに押してきたので
ある。

反攻の緒は北方では、5月中旬に始まったアッツ、キスカ
への進攻であり、南においてはニューギニアへの進出と
ソロモン戦線における飛び石作戦だった。

ブインを第1線とするソロモン方面においては、少なくとも
6月の初めまで、昼間の制空権はわが方にあり、敵の
空襲はおおむね夜間に限られていた。しかしこの頃より
敵は白昼堂々と攻撃してくるようになり、正攻法の寄せ身
をみせてきた。この第1の原因は航空戦力の補給の差
であった。
わが方は依然旧式の97艦攻や足がでたままの99艦爆
で戦っており、零戦もスピードと防御力において、劣勢に
おかれざるを得なかった。そのうえ、機材そのものの補給
が思うにまかせず、優秀な搭乗員は、連日の戦闘で、
櫛の歯をひくように欠けていった。
これにたいし米軍はB24爆撃機やグラマンF6F,P51ムス
タング、コルセアF4Uなどの新鋭戦闘機を、無限に投入
してくるのだった。

第2の大きな原因は建設機械力の差であった。ソロモン
戦線で、海軍の飛行場で実働しているのは、わがブイン
のみであった。他にパラレ、ブカに飛行場と名のみの
滑走路があるだけだった。そしてこれらの飛行場も、大勢
の設営隊員が椰子を切り、モッコをかついで、何ヶ月もの
苦労のすえ、やっとつくりあげたものであった。
一方米軍はガ島占領後、日ならずしてラッセル島に飛行場
をつくり、6月末には、レンドバ島,ニュージョージア島、
ベララベラ島、モノ島と飛び石作戦で進出し、上陸すると
10日もたたぬうちに飛行場を作り、爆撃機以外の小型機
が出撃していくのである。

かれらはこの後ブーゲンビル島の中部で、とても飛行場など
作れないとおもわれていた、クロキナに上陸し、ニューギニア
の進出勢力とともに、ラバウルを猛爆して孤立させ、内南洋
に矛を進めてきたのである。

6月5日のブインにもどろう。
6月5日は山本元帥国葬の日だった。午後戦爆連合約40機
が、ブインに攻撃をかけてきた。わが零戦もただちに迎撃し
壮烈な戦いが我々の上空に展開された。 重爆を追尾する
零戦、そうはさせずと追いすがるグラマン、敵味方入りまじって
マンジトモエの空中戦、我々は海岸に立ち、固唾をのんで
眺めていた。
大型機の撃墜こそ見られなかったが、小型機の墜落のシーン
は数多く見られた。もみあっているうちに、やられた機はスーッ
と糸をひいたように垂直に落下していき、いとも簡単に、音も
なく海中にポトリと落ちる。遠方なので敵か味方かよく分らない
が。メラメラと黒煙をあげて落ちないかぎり、浜辺からは拍手
喝采が起こった。燃えて黒煙をあげるのは零戦であることを
よく承知していたのであった。
この日の戦果は敵19機撃墜(不確実3)、わが損害3機と
発表された。

翌々7日には、お返しに204空、251空、582空、約80機で
ラッセル島方面を攻撃し、約30機を撃墜して全機帰還している。
まだまだ、わが軍は意気軒昂であった。

6月10日、戦爆連合数十機がやってきて、飛行場と倉庫を
ねらった。そのため零戦9機が被弾した。
わが方は、ガ島やラッセル島方面に増強してきている敵の
航空兵力や輸送船団を叩き、その進出を抑えるべく、204空、
251空、582空連合で12日と15日に総攻撃を予定していた。

6月12日、582空、204空、251空連合してガ島方面の攻撃
に向かった。敵は増強した新鋭機で迎え撃ってきたが、32機
撃墜(不確実13)の戦果をあげた。わが方未帰還機は2機だった。

15日の作戦が1日延期となり、艦爆隊は15日にラバウルから
戻ってきた.23機だった。この日は再び飛来した204空、251空
の搭乗員が加わり士官室はがぜんにぎやかになり、活気に
あふれていた。

16日の攻撃はムンダ方面への敵の上陸を未然に潰そうという、
26航戦の全力をあげた大作戦であった。
0900、全搭乗員が指揮所前に集合した。こげ茶色の飛行服に
同色の救命胴衣を着け、飛行帽に半長靴で身を固めた帝国海軍
の誇る「ラバウル航空隊」の精鋭である。クビにまいた純白の絹
マフラーが凛々しく美しい。
攻撃の聡指揮官は1日付けで少佐に進級したわが隊の進藤三郎
戦闘機隊長であった。
582、204、251空の零戦機は70機、わが艦爆隊は24機。

戦果はあがり大本営は次のように発表した。
「輸送船大型4隻撃沈、中小型3隻撃沈、駆逐艦1隻撃沈、飛行機
32機以上撃墜、わが方未帰還機20機。
本戦闘をルンガ沖航空戦と呼称する」。
敵に与えた損害は明瞭ではない。しかしわが軍の損害はこの発表
をはるかに超えるものであった。
わが隊の艦爆隊24機のうち、じつに13機が未帰還で、戦闘機
未帰還18機(うち582空4機)というものであった。
わが隊は当隊開設以来の32名の戦死者、未帰還者をだしたので
あった。
251空も分隊長、分隊士を失った。
204空も宮野隊長、山本長官の直援機の隊長だった森崎中尉など
多くの勇士が基地に還ってこなかった。
あまりにも大きな損害だった。

582空艦爆隊はこのあと、後方のラバウル、カビエンに引き上げ
建て直しをはかるのであるが、帝国海軍最強の基地艦爆隊は、
事実上この日をもってその力はつきはてたのであった。
1年余年前の17年五月、横須賀で第2航空隊として編成されて
以来、250名以上の艦爆搭乗員の勇士が、ソロモンにニューギニア
に勇戦奮闘したが、負傷などにより帰還し、現在も健在なのは
わずか数名にすぎない。
このルンガ沖戦闘では、ロッキードP38、グラマンF4F、コルセアF4U
などの敵戦闘機が3段構えで待機しており、わが軍の完全な敗戦
であったことが知られる。
ともあれ、この6月16日をもって、南東方面における彼我の制空権
は完全に逆転することになったのである。

582空は戦闘機隊が外されて、204空に移った。ブインの基地には
204空、251空の一部が進駐していた。しかし主隊はいぜん582空
であった。582空は近くカビエンに転進するという噂が流れていた。
これは我々も内心大歓迎であった。ニューアイルランド島のカビエン
は、三箇所を行き来する搭乗員の間で「ブイン田舎で、ラバウル都、
花のカビエン極楽浄土」という言葉があるくらいよい所らしかった。
8月10日当隊の主力はラバウル、カビエンに行って建て直しを図る
ことになった。しかし司令はブインに残るという。しかし翌日の会議の
結果、庶務はラバウルに帰り、私もラバウルに引き上げと決定した。

当方の事情にはおかまいなく、ベララベラ島上陸を目指した敵の
攻撃は、ますます、しきれつになった。
12日には戦爆連合の大空襲で、避退の遅れた虎の子の飛行機
30機近くが炎上するという大被害をうけた。

ラバウルへの出発は17日と決まった。その2日前には、米軍は
ベララベラ島に上陸してきた。1ヶ月半のあいだに、レンドバ、ムンダ、
ベララベラと進出してきたのだ。

17日、1式陸攻でブインを離陸した。半年間苦楽を味わったブインを
去るのは哀惜に似た感傷があった。私はこのあと、ブインの部隊に
帰ることはなかったのでこれがブインとの別れであった。
ブーゲンビル島は11月に米軍がクロキナに上陸し、戦闘、飢餓、病気
によって4万名以上の陸海将兵がこの島に骨を埋めた。ブインにも
絶望的な運命がやってきた。

昭和55年、慰霊巡拝団の一員として、37年ぶりにブインの地を踏み
しめた。地のはてのブインも文明の波に洗われているようにも
思われたが、ジャングルに入ると昔のままだった。純朴な人々は
椰子の実を割り、「愛国行進曲」を歌って歓迎してくれた。
明日をも知らぬ戦闘の日々の間、搭乗員がデッキで威勢良く歌って
いた八木節が懐かしく耳朶にひびいてくる。
「ブインよいとこ一度はおいで  狭い滑走路に着陸すれば
横にはみだし飛行機こわし  そこで分隊長に整列くらい・・・・・・・
飛行機壊すなこわすな飛行機 オーイサネー」

ラバウルには1式陸攻で帰った。途中ブカ島に着陸した。
ラバウルでは夜起されることもなく、グッスリ眠れた。大勢の同期
も元気でいた。心は晴れ晴れとしているはずだが、私の健康状態は
あまりよくなかった。ブインのマラリア以後38度くらいの微熱もずっと
続いていた。第8海軍病院で胸部のレントゲン写真を撮った。右胸
膜に異常ありだった。
私が入院した時、となりのベッドに251空の鴛淵孝大尉がマラリア
で入室していた。兵学校68期の戦史にのこる撃墜王で、赫々たる
武勲をあげた後、終戦間際に松山343空で、紫電改搭乗、豊後
水道上のグラマン戦で散華された。

退院してみると部隊が大編成替えとなっていた。新たに艦攻隊が
増え分隊数は20に増え我々は第20分隊となっていた。

9月10日には欧州ではイタリアが降伏し、ブインの空襲もますます
激しくなっているとのことだった。そのころのラバウルは、まだ
のどかなものであった。

昭和18年10月20日同期とバレーボールをやった。なかなか楽しい
会であった。
翌日主計長の許可を得て、念願のカビエンまで俸給を渡しに行った。
カビエンはラバウルの北西方に細長く伸びているニューアイルランド
島の北の端にあり、ラバウルから中攻で約1時間だった。俸給袋を
渡すと出張目的は完了した。隊の本部は、海を見下ろす丘の上の
立派な建物で、広い庭園には芝生が敷き詰められ、いたるところに
熱帯樹や草花の植え込みがあった。それは佳美苑のなかの
「花美園」であった。
大空は清澄に、紺碧の海は明るく、原色の草花は妍をきそい、緑の
芝生と濃緑の木立は、色彩の乱舞に疲れた目を休ませてくれた。
まさしくカビエンは「極楽浄土」だった。
夜がきた。昼間、繚乱としていた庭の茂みに、おおきな光の玉が
ともった。なにごとかと近づけば、光はパっと消え、別の茂みが光り
だす。光の玉はあちこちで点滅している。蛍であった。無数の大きな
蛍が、花の蜜にむらがり、集団となって、点滅している。空からは
満天の星。翌日も優雅な生活をエンジョイした。丘を下りると「南花苑」
というコーヒー店がある。現地産の香り高いコーヒーに、真っ白い砂糖
をいれて味わうことができた。
このカビエンも翌年には惨憺たる戦場となり、地獄と化すのだが、
当時はまことに天国だった。

| | Comments (0)

米原子力空母 ジョージ・ワシントン 見学

12月5日米海軍横須賀基地では「第3回グランド・イル
ミネーション」があり、ジョージ・ワシントンの一般公開が
あった。12時から15時。
昨年12月8日米通常型空母「キテイホーク」一般公開
の際は見学者は15,000人と報じられており、今回は
さらに多い人数が予想され、自分は11時前にゲート
正面にいったところ、案の定長蛇の列で、12時持ち物
検査まで1時間以上待ち。身分証明書の提示はなかった。

第3回Grand Illuminationのイベントは
○艦船見学 12時ー15時、12時ー17時 埠頭開放
埠頭12 米原子力空母 ジョージ・ワシントン
埠頭6 海上自衛隊 ヘリ空母 日向

○C-2 講堂
12時半 サリバン小学校 13時キニック高校 聖歌隊
14時 DODスクール ジョイン・コンサート・バンド
○食堂およびフード・ブース(多数)
最初のブースで、ネイビー・チーズ・バーガ、300円を
買い埠頭に向かって歩きながら食べる。
○Fleet 劇場
米第7艦隊バンド、横須賀市消防団音楽隊演奏
13時、15時、17時
○サンタ村、フリート映画館駐車場 子供用イベント

空母前で又長蛇の列。先ず航空機格納甲板に上がり、
両舷外側の航空機上げ下げ移動の大きなエレベーター
で飛行甲板へ。翼端を折りたたんだ双発F18Eが1機
展示してある。艦内見学は無し。
F/A-18E スーパー・ホーネット(すずめ蜂)のエンジンは
GE414ターボフアン・エンジンである。
高角砲はないが、RAM近接防御ミサイルがある。
対艦ミサイルやその他の脅威に対する全天候型の高度
な射撃能力をもつ防御システムである。
格納甲板にレーダー制御爆弾、GPS制御爆弾、サイド
ワインダー・ミサイルが展示してある。

造船所 ニューポート・ニュース造船所
起工日 1986年8月25日
就役日 1992年7月4日 CVN73
推進 約18年間燃料補給不要の原子炉2基
速度 30ノット以上
満載排水量 97,000トン
艦載機数 約75機
艦載機用エレベーター 4基
カタパルト数 4基
乗組員数 6,250名

格納甲板にはクリスマス・ツリーが3本立てられ、その
下に大きなクリスマス・プレゼントが多数置かれている。
見学者に記念品も売っている。

世界の原子力空母は米国が11隻保有、仏が1隻、
シャルル・ドゴール、ロシヤは計画したが中止。
米国のフラッグ・シップ エンタープライズは原子炉8基
をもち、就役しているニミッツ級10隻の原子炉は2基で
ある。仏空母も2基。以上原子炉はすべて加圧水型。

空母の船としての指揮は艦長の大佐、空母上の航空団
の指揮官は別の大佐。
空母打撃群(Carrier Strike Group)の指揮は少将、
両大佐はこれに直属する。
また艦長を補佐する副長や航空副長も大佐である。

次期原子力空母は2007年1月16日、海軍長官が
「ジェラルド・R・フオード級」と発表している。
2009年起工、2015年就航予定としている。

追記 12月6日の朝日湘南版によればジョージ・ワシントン
見学者は2万人に達したという。

| | Comments (0)

円高 ドバイが拍車

11月27日の金融市場では、円相場が対ドル、対ユーロ
とも急騰し、一時1ドル84円台をつけた。対ドルでは95年
7月以来となる円高水準。

11月25日ドバイ首長国政府が、政府系持株会社の
債務について返済延期を求めると発表した。
返済延期の対象はドバイワールドと傘下の不動産開発
会社ナキール。両社の債務の総額は590億ドル(約5兆
1000億円)とされる。

日本の大手ゼネコンは不動産開発会社ナキールが発注
した大型工事を積極的に請け負ってきた。
ヤシの木に形をした人工リゾート島「パーム・ジュメイラ」
では清水建設が高級住宅「マリーナ・レジデンス・タウン
ハウス」の建設工事を請け負った。
大成建設も人工島と岸をつなぐ海底トンネルの工事を
担当した。
ナキールとの取引がない鹿島や大林組もドバイでは無人
交通システムの敷設工事を請け負っている。
日本の大手銀行もドバイワールド向け債権をかかえている。
三菱東京UFJ銀行  600億円強
三井住友銀行    200億円弱
みずほ銀行     100億円
その他銀行合わせて約1000億円の模様。

| | Comments (0)

米GE、中国航空企業と提携

1.商用中型旅客機「C919」190席の操縦支援などに
関わる電子部品の開発のため、2010年半ばに中国
航空工業集団と折半出資で合弁会社を中国国内に
設立する。中国独自開発のC919は仏エアバス「A321」
のライバルとなる。2016年に引渡し予定。

2.中国商用旅客機の90人乗り小型機「ARJ21」に
GEエンジンを供給する。
GE傘下の世界一の旅客機リース会社は昨年、同機の
購入を海外勢でいち早く決めた。
中国の民営航空会社の多くは、GE傘下の会社から
航空機をリースしており、双方の関係は深い。

3.エアバスと中国航空工業などの合弁会社で生産
した中型機「A320」の納入が6月から始まった。

| | Comments (0)

日航再建(16)

○企業年金は、基礎年金、厚生年金に上乗せされた
「3階」部分で、会社と従業員それぞれによる積立金や
退職金の一部が原資。日航の企業年金は、あらかじめ
給付額が決められた確定給付型で、今の長期金利の
約3倍の年4.5%の給付利回りを約束している。

低金利のもと、想定していた運用は難しく、約3千億円の
積み立て不足になっている。すぐに不足を解消する必要
はないが、毎年会社は一定額を穴埋めしている。
09年3月期も585億円だった。長期にわたっては経営
の重しになる。

そこで専門家チームは、年金給付を一部カットし、積立て
不足を圧縮すべきだと主張。給付利率を1.5%程度に
引き下げる必要があるとした。

年金給付の引き下げには、確定給付企業年金法に基づき
現役、退職者それぞれの3分の2以上の同意が必要だ。
賛同がえられても、希望する退職者は引き下げ前の条件
に基づき、将来受け取れる金額を一括して受け取ることも
できる。(一般的に将来とは何歳までなのか、退職後何年
なのかよく判らない)。(注:将来とは平均寿命のことと判明)

支給額は退職金の拠出額などで大きく違う。約30年
勤務し、退職金の半分を年金に拠出したある退職者の場合
10年間は月27万円という。これに国民年金、厚生年金が
20万円以上あり、50万円程度になる。

全日空の場合、企業年金は月10万円前後。これだけ見ると
日航は多いが、全日空は退職金からの拠出が日航より
低いなど、単純な比較はできない。

そもそも、賃金の後払いである年金を減額するのは、私的
財産権の侵害になるとの見方も根強い。対象となる退職者
は約9千人、

○日航は企業年金の減額について、現役社員の給付額を
加重平均で五割減、OBは同三割減とする案を検討している
ことが分った。
日航陣は八つの労働組合向けの合同説明会とOB向けの
大規模説明会を都内で開く。OBにたいしては一時金を
受け取って基金から脱会しないよう求める方針だ。
現役社員は約1万7千名、OBは約9千名。

○三井物産は保有していた普通株のすべてを09年4~9月
期にすべて売却したことがわかった。
事実上の筆頭株主の東京急行電鉄は売却を検討中。
日航との取引関係に配慮して保有を続ける企業も多いが、
評価損計上を迫られる可能性が強まっている。

| | Comments (0)

オバマの医療保険改革(3)

米上院民主党は18日、向こう10年間の費用が8940
億ドル(約76兆円)となる独自の医療保険改革法案を
公表した。
無保険者を3100万人減らし、現在80%台半ばの保険
加入率を94%まで引き上げることなどが柱。一部の
民主党議員が態度を明確にしていないもようだ。
本会議の採決までの調整や、既に本会議で可決した
下院案との一本化が焦点になる。

上院は財政委員会などで法案を可決済みで、民主党の
リード院内総務らが本会議で審議する法案を検討していた。
焦点だった新たな公的保険の創設については、各州が
独自の判断で離脱できることを認める形で盛り込んだ。

オバマ大統領は上院案についての声明で「また一つ
重要な節目を越えた」と歓迎した。
本会議の定数100のうち、60議席が確保できるかが
焦点になる。

| | Comments (0)

中国、初の国産大型軍用機

中国航空機製造大手の中国航空工業集団は、大型の
軍用輸送機の生産が進み、今年末に試作機を公開する
方針を明らかにした。

離陸最大重量は200トンとみられ、中国国産の大型
軍用機は初めて。大部隊を短期間で遠隔地に投入する
能力を高めるのが目的。輸送機は空中給油機や早期
警戒管制機の機体のベースにもなり、ロシアの軍事
技術に依存しない形での軍備増強を狙う。

中国の大型輸送機はロシア製の「イリューシン76」が
主力。国産の「運輸8」は離陸重量が61トンと中型で、
イリューシン76の190トンに比べ輸送能力が劣る。

中国が生産中の輸送機は空挺部隊や戦車、武装ヘリ
などを迅速に空輸できるようになる。

開発拠点は陝西省西安。配備の時期は不明だが2010
年代後半以降とみられる。
中国空軍は戦闘機でも最新鋭の第5世代戦闘機を
国産で開発中。

| | Comments (0)

より以前の記事一覧