言語世界地図(12) 町田 健著 新潮新書
●日本語
日本語が使用される地域は、海外の移民居住地域などの極めて
少数の例外を除いては、ほぼ日本に限られる。その意味で日本語
は英語のような世界語では決してないし、世界語になるには、
国家的取り組みを必要とする。
しかし、言語としての威信にかけては、世界で使用される、6千とも
7千とも言われる言語のなかで、英語に引けをとるものではない。
日本語がいつから日本列島で使われているのかは分らないが、
おそらく弥生時代には、現代のような日本語の原形は出来上がって
いたものと思われる。
ただ、我々が知ることができる最古の日本語は、「万葉集」や
「古事記」のような文献が残っている8世紀のものに過ぎない。
ところがこれらの文献は日本文学の歴史を飾る偉大な作品でもある。
つまり我が日本語は文献として登場した最古の時点で、すでに
偉大な作品を生み出す力をもっていたということなのだ。
もちろん、古代からの文化を誇るギリシャ語や中国語には
かなわないものの、現代世界で高い威信を誇る英語やフランス語
などの、西欧先進諸国の言語よりずっと早い時代に、日本語が
誇るべき作品を世に送り出していたことは事実である。
さらには8世紀以降現代に至るまで、「源氏物語」や日本作家の
著作を代表とする、世界的レベルの作品が日本語によって
書かれてきている。
このように高い威信を誇る日本語であるが、言語としての特徴と
しては極めて「普通」である。
母音が5個、子音が13個程度で、世界の諸言語のなかでは
少ない方だし、使われる母音や子音は発音の簡単なごく
ありふれた音が中心である。
日本語は「膠着語」と呼ばれる類型に属しているのだが、この類型
に属する言語は世界でも多数派だといえる。
どんな名詞でも、主語ならば「が」をつければよいし、目的語ならば
「を」をつければいい。
名詞によっての主語や目的語の場合に、いろいろな語形をとる
ギリシャ語やロシア語のような「屈折語」に比べると、まことに
規則性が高い。
動詞の語形が変化することを「活用」というが、日本語には「5段
活用」と「1段活用」の2種類がある。これらの活用も非常に規則的
であって、不規則な活用をするのは、「する」と「来る」の二つしか
ない。 英語でよく使われる動詞のほとんどが、不規則な活用を
するのに比べると、日本語の動詞の活用がいかに規則的であるか
が分るだろう。
もちろん、世界の言語の多くの言語では、使用される文字が1種類
に限られるのに対し、日本語では漢字、ひらがな、カタカナという
3種類の文字が使用されるから、表記の面では、日本語は複雑な
特徴をもつ。
しかし字形の複雑な漢字が、名詞や動詞と言う文章中での主要語
の表記に当てられるため、漢字を目で追えば、内容があらかた
掴めるという利点もある。
したがって、日本語は全体として、いったん規則を習得すれば、その
規則に違反する例があまりでてこないような、比較的覚えるのが
やさしい言語だということができる。
高い威信をもつ文化を背景とし、経済的にも世界をリードする国家で
ある日本の言語としての日本語は、世界語として機能する資格を
十分に備えているだろう。


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